ここまで私の生い立ちや日常を見てくれた方なら、
もはや驚きもしないだろうが、我が家の家庭環境はなかなかにワイルドである。
住まいは「団地。」
親の離婚はもはや我が家の挨拶代わりのようなもので、
幸い私は両親ともに今でも仲は良いのだが、
そこに至るまでのロードマップがどうにもパンチ効きすぎている。
まず、我が家のカオスなエピソードの幕開けは、
私が小学2年生の時に遡る。
ある日、我が家で盛大な夫婦喧嘩が勃発した。
原因は、世の家庭不和の定番にして最高峰、
「親父の浮気の発覚」である。
リビングを揺るがすほどの壮絶な言い合いの果て、
怒り狂う母と、追い詰められた親父。
その修羅場のクライマックスで、
親父が見せた行動はあまりにも衝撃的だった。

なんと、浮気の動かぬ証拠が詰まったそのガラケーを
文字通り目の前で**「ぱっかーん」と
真っ二つに折り割り、証拠隠滅の一撃**をブチかましたのである。

小学2年生の純粋な心にとって、
目の前で父親が携帯を真っ二らに粉砕するハードな大人の修羅場は、
トラウマになるというより、
もはやコントを見ているような強烈なインパクトだった。
さらに我が家のワイルドさはこれにとどまらない。
私の姉は「ヤンキーの一匹狼」で華麗に中卒。
ちなみにこの姉、一応は現代の「平成生まれ」のくせに、
脳内だけ昭和の不良漫画で完全に構築されていた。
『ビー・バップ・ハイスクール』と『特攻の拓』のバイブルをガソリンにして育った猛者で、
外を歩けばすれ違う人間と目が合った瞬間に
レーザービーム並みの「メンチビーム」を放つのがデフォルト仕様だった。

さらにファッションセンスもブッ飛んでおり、
周囲が普通のスクールバッグを持つ中、
なぜか我が姉のバッグは**「1人だけ極限までぺちゃんこに潰した革カバン」。
しかも持ち手には、ご丁寧になぜか
「赤と白のビニールテープ」**がグルグル巻きにされており、
昭和生まれならわかる「あ、気合い入ってんな」という
強力なオーラを全方位に撒き散らしていた。

そんな姉だから、朝、意気揚々と登校すると、
同級生から「昨日お前の姉ちゃん、草むらで〇〇してたぞ」と、
まったく知りたくない目撃情報を報告されるのが日課だったし、
学校が終わって家に帰れば帰ったで、
リビングの見知らぬ男がくつろいでいる。

時は流れ――。
私がすっかり大人になったある日、
リビングのソファでくつろいでいると、
母親から「これまた情報量が多すぎる報告」をブチ込まれた。
なんでも、母が出会い系サイトで知り合った男とできちゃった妊娠をし、
確か私が21歳の時に中絶したというのだ。
いや、それを息子である私に、
リビングのソファでサラッと報告してくるそのメンタルよ。
……いや、これ以外にも色々ありすぎるのだが、

あまり話しすぎると私の社会的生命(あるいは身バレ)に関わるし、
文字数もエグいことになるので、続きはまたの機会にしておこう。
で、こういった話を友人や知人にすると、100%の確率でこう言われる。
「お前、よくグレなかったな……! 本当にすごいね!」

いや、本当にその通りだと思う。我ながら、
よくぞあの実家と、赤白ビニールテープの暴走機関車(姉)の背中を見て育ちながら、
道路の端っこくらいは真っ直ぐ歩いて大人になったものだ。
なぜグレずに済んだのか。
大人になった今、真面目に振り返ってみると、
その理由は大きく二つある。
一つは、当時サッカーに死ぬほど没頭していたから。
ちなみに、私は小学校一年生の終わりまで平仮名を読めなかったくらいなので、
勉強のほうはそっちのけで、とにかくサッカーばかりしていた。

そしてもう一つは、その時期に最高の友人たちに出会えたことだ。
携帯ぱっかーん事件が起きようとも、
カオスな家庭環境や荒んだ日常のなかで、
サッカーを通じて出会った仲間たちは、
私にとっての救いだった。一緒に泥だらけになってボールを追いかけ、
バカなことをして笑い合い、
お互いの背中を支え合える奴らがいたからこそ、
私は道を踏み外さずにすんだのだと思う。
親父が携帯を折り割り、
姉がメンチビームを放ち、
草むらで姉の目撃情報が飛び交うような環境でも、
私の足はピッチのボールを追いかけることだけに集中していた。

もしあの時サッカーと、
最高の友人たちに出会っていなかったら、
今頃私も赤白のビニールテープを片手に、
街を闊歩していたかもしれない。
私の人生における最大の功績は、
間違いなく「グレなかったこと」。
そして、
それを支えてくれたサッカーと
あの頃に出会った仲間たちには、一生足を向けて寝られないのである。


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AI NEWS ジャパン 編集部
学歴:偏差値40以下の高校を卒業。サッカー推薦で大学へ進むも、4年目前で華麗に中退。
周囲からの評価:家族や周囲から「お前は本当にバカだな」と呆れられ、太鼓判を押され続けてきた半生。
